
最近、ネット上で「ショートスリーパー堀大輔」という人物が話題になっています。
私は、堀氏が本当にショートスリーパーなのかどうかという問題について、医学的な専門家でもありませんし、本人を直接診察したわけでもありませんので、断定するつもりはありません。
ただ、彼の発信を見ていて、睡眠時間の真偽以上に気になることがあります。
それは、
「堀大輔」という人間が、自ら作り上げた「ショートスリーパー」というアイデンティティそのものに、拘束されてしまっているのではないか
ということです。
これはあくまで私個人の仮説です。
しかし、そう考えると、現在ネット上で起きている一連の出来事が、かなり違った景色に見えてきます。
そもそも「自然なショートスリーパー」と「睡眠を削る人」は違う
まず大前提として、世の中には実際に「自然な短時間睡眠者」が存在するとされています。
遺伝的要因などによって、一般的な人より短い睡眠時間でも日中の機能に大きな問題を生じない人は研究対象となっており、短時間睡眠そのものを完全に否定することはできません。(AASM)
しかし、それと、
「普通の人間が訓練によって睡眠時間を極端に削れるようになる」
という話は別問題です。
現在の睡眠医学では、成人について定期的に7時間以上の睡眠を取ることが推奨されています。睡眠時間が短くなるほど、注意力や認知機能などへの影響が大きくなることも示されています。(AASM)
堀氏自身は、公開情報の中で「1日30分~60分の睡眠時間で活動できるようになった」と説明しており、「ショートスリーパーになるための方法」を事業として提供しています。(日本ショートスリーパー®育成協会)
だからこそ、私は「本当にそうなのか?」という疑問よりも、
「なぜそこまでして、ショートスリーパーであり続けなければならないのか?」
という部分に興味を持つようになりました。
「ショートスリーパーである」ことが、単なる睡眠特性ではなくなっているのではないか
もし、
「自分は短時間睡眠でも健康に生活できる」
というところで話が終わっているのであれば、ここまで複雑な問題にはならないと思います。
しかし、仮に長年にわたって、
● ショートスリーパーであること
● 短眠を実践していること
● 短眠によって人より多くの時間を使えること
● その方法を他人に教えること
● その活動によって評価されること
が一つにつながっていったとしたらどうでしょう。
やがて、
「ショートスリーパーであること」=「自分は何者なのか」
になってしまう可能性があります。
そうなると、「今日は長く寝た」という単純な事実すら、単なる睡眠の話ではなくなります。
「ショートスリーパーではないのでは?」
という疑念につながってしまう。
そして、
「寝ること」が「休息」ではなく、「自分自身のアイデンティティを裏切る行為」になってしまう。
もしそういう心理状態に陥っているのだとしたら、これはかなり苦しい状況ではないでしょうか。
本当に30分睡眠なら、むしろ客観的に証明すればいい
ここが私には最も不思議に感じるところです。
もし本当に、
「17年間、1日30分程度の睡眠で生活している」
のであれば、それは本人にとって最大の武器になるはずです。
24時間の連続的な睡眠測定を行い、
「実際にこれだけしか眠っていません」
というデータを公開する。
さらに、
● 睡眠時間
● 睡眠構造
● 日中の眠気
● 認知機能
● 長期的な健康状態
などを客観的に測定する。
それで問題がないのであれば、むしろ睡眠研究にとって非常に興味深い事例になるでしょう。
実際、自然な短時間睡眠者は科学的にも研究対象となっています。(AASM)
つまり、本当に特殊な身体特性を持っているのであれば、
「ネットで何を言われても、データを出せば終わる」
はずなんです。
だからこそ、
「なぜそこまで客観的な検証にこだわらないのだろう?」
という疑問が生まれます。
もちろん、測定をしないからといって、それだけで「嘘をついている」と断定することはできません。
しかし、外部から見れば、非常に大きな検証ポイントであることは間違いありません。
もし「寝てはいけない」という心理が生まれているとしたら
ここから先は完全に私の推測です。
仮に本人が実際には身体的な理由から30分睡眠では足りない日があるとします。
大量の飲酒をした日。
極端に疲労した日。
激しい運動をした日。
体調を崩した日。
あるいは単純に、身体がいつも以上に睡眠を必要としている日。
そういう日に長く眠ること自体は、人間として何ら不思議なことではありません。
特にアルコールについては、単純に「よく眠れる」という話ではありません。アルコールは睡眠の構造そのものに影響を与え、睡眠の前半と後半で異なる影響を及ぼすことが知られています。
つまり、
「酒を飲んで寝落ちしたから、ショートスリーパーではない」
という単純な話でもなければ、
「酒を飲んでも30分しか寝ないから、本物のショートスリーパーだ」
という話でもありません。
重要なのは、その日の身体が必要としている休息と、本人が掲げる「30分睡眠」というルールが一致しているのかどうかです。
もし、
「自分はショートスリーパーなのだから、寝てはいけない」
という心理が生まれてしまっているのだとしたら、それはもう睡眠の問題だけではありません。
「ショートスリーパーである自分」を守るために、自分自身の身体から発せられる信号を無視してしまう可能性があるからです。
「嘘をついている」のではなく、「嘘を撤回できなくなっている」のではないか
ここで、私は「オオカミ少年」という言葉を思い出します。
ただし、少し違います。
オオカミ少年は、自分が嘘をついていることを知っています。
しかし、もし堀氏が長年かけて「ショートスリーパー」という自己像を自分自身にまで深く植え付けてしまったのだとしたら、
「自分が嘘をついている」と単純に認識できる状態ではない可能性があります。
最初は、
「自分はショートスリーパーになる」
という挑戦だったのかもしれません。
それが、
「自分はショートスリーパーになった」
になり、
やがて、
「自分はショートスリーパーである」
となる。
さらにそれが、
「自分はショートスリーパーでなければならない」
へと変化してしまう。
ここまで来ると、話が全く違ってきます。
もし本人の中で、
「ショートスリーパーであること」が自己肯定感、実績、仕事、社会的評価、人生そのものと結びついてしまっている
のであれば、
「実はそこまで短時間睡眠ではありませんでした」
と認めることは、単なる訂正では済みません。
これまでの17年間そのものを否定するような感覚になってしまうかもしれない。
だからこそ、
「間違いを認めれば楽になれるのに、認めることができない」
という状態が生まれる可能性があります。
私はそこに、今の堀氏を考える上での一つの鍵があるのではないかと思っています。
そして今、そこに「ネットミーム化」が重なっている
ここが私が一番心配している部分です。
仮に本人がすでに「ショートスリーパー」という自己像に強く依存しているのだとしたら、その人物がネット上で大量の注目を集めることは、決して相性が良いとは思えません。
「本当に30分睡眠なのか?」
「寝ているじゃないか」
「測定して証明しろ」
「エビデンスは?」
こうした批判そのものは、主張を検証する上で当然あっていいと思います。
むしろ、健康に関わる主張をして、それを他人にも推奨するのであれば、科学的な検証を受けることは重要です。
しかし、
批判と人格攻撃は別です。
「その主張には根拠がないのではないか」
という批判と、
「こいつは頭がおかしい」
「死ね」
「家族もどうこう」
という攻撃は全く違います。
後者は何の検証にもなりません。
「正論」が本人を追い詰めることだってある
さらに厄介なのは、正論による追及であっても、それが本人にとってどう作用するかは別問題だということです。
もし、
「ショートスリーパーであること」=「自分自身の存在価値」
になってしまっているのであれば、
「あなたはショートスリーパーではない」
という言葉は、本人にとって単なる科学的反論ではなく、
「お前自身が間違っている」
という人格への攻撃として受け止められてしまう可能性があります。
そうなると、
反論する
↓
さらに注目される
↓
さらに批判される
↓
さらに反論する
↓
さらに炎上する
という循環が始まります。
本人からすれば「自分の主張を守っている」だけなのに、外から見ると「また怒っている」「また反応している」というコンテンツになってしまう。
本人の自己防衛行動そのものが、さらに本人をネット上のコンテンツにしてしまう。
これは非常に危険な構造です。
木村花さんの件を思い出してしまう
私はこの状況を見ると、どうしても2020年の木村花さんの事件を思い出します。
「テラスハウス」に出演していた木村花さんは、番組をきっかけにSNS上で大量の誹謗中傷を受け、その後亡くなりました。
もちろん、堀氏と木村花さんの状況は全く違います。
同じことが起きると予測しているわけでもありません。
ただ、
一人の人間が突然ネット上で大量の人間から注目され、批判や嘲笑の対象になることの危険性
を私たちはすでに知っています。
本人に問題があるかどうかと、
「だから何万人で一人の人間を叩いていい」
という話は別です。
本人の行動に責任があることと、他人が何をしてもいいことは同義ではありません。
私が堀大輔氏に対して本当に見たいもの
私が見たいのは、堀氏の「怒り」でも「反論」でもありません。
データです。
もし本当に30分睡眠で長期間生活しているのであれば、それを客観的に証明してほしい。
24時間の睡眠測定でもいい。
専門家による検査でもいい。
長期間の記録でもいい。
再現可能な方法でもいい。
そして、
「これが私の身体で実際に起きていることです」
と示してほしい。
それが本当に証明できるのであれば、私はむしろ驚きます。
そして、科学的にも非常に価値のある話になるでしょう。
逆に、30分睡眠という数字そのものが実態を正確に表していないのであれば、
「人間にはそれぞれ必要な睡眠量があり、自分の場合も例外ではなかった」
と認めることだって、決して恥ずかしいことではないと思います。
最後に
私は堀大輔氏を診察したわけでもありません。
したがって、
「精神疾患である」
とも、
「嘘をついている」
とも、
「実は隠れて寝ている」
とも断定するつもりはありません。
ここまで書いたことの多くは、公開されている発言や活動を見た上での一つの仮説です。
ただ、もし私の仮説が一部でも当たっているのであれば、私は堀氏自身が一番苦しいところまで来てしまっているのではないかと思います。
自分自身が作り上げた「ショートスリーパー」という存在から、自分自身が逃げられなくなっている。
「自分はショートスリーパーでなければならない」
「寝てはいけない」
「弱みを見せてはいけない」
「今さら間違っていたとは言えない」
そんな状態になってしまっているのだとしたら、それは本人にとっても非常に苦しいことではないでしょうか。
そして、そこにネット上の何千、何万という目が向けられる。
私は、そこだけは少し怖いと思っています。
堀氏の主張が正しいのかどうかは、感情ではなくデータで決めればいい。
主張に問題があるなら、批判すればいい。
科学的根拠がないなら、検証すればいい。
健康に危険があるなら、警鐘を鳴らせばいい。
しかし、
「その人間そのものを壊すこと」と「その人間の主張を否定すること」は、絶対に同じではありません。
本当に堀氏の主張を否定したいのであれば、最も強い武器は嘲笑でも誹謗中傷でもありません。
客観的なデータです。
そして、もし堀氏が本当に「17年間、1日30分の睡眠で健康に生きてきた人間」なのであれば――
そのデータこそが、彼自身が持っている最大の反論材料になるはずです。
しかしそれは同時に彼自身のアイデンティティを否定する事になると彼自身が分かっている為実行に移すことは出来ません。
この自ら作り上げた二律背反の檻から抜け出すのに必要なのはプライドを捨てる一握りの勇気。今後も彼の戦いに注目していきます。

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